誰にでもある話。

珍しくはない、誰にでもある話を、作ってはぼやいています。

拝啓

〈拝啓、あなたへ。

 

 

 こんにちは、お元気ですか?

なんて、もう言わなくなってからどのくらい経つでしょうか。あなたに手紙をしたためることさえ、滅多にありませんね。慣れないものです。

 

 私は、いつものように毎朝のランニングを続けては季節が変わりゆくのを感じています。とうとう、鮮やかに色づいていた葉が落ち、隙間風が吹くようになりました。もう、冬になるんですね。なんだか、あっという間ですね。

 

 

 冬といえば、あなたに出会った頃をいつも思い出します。あなたは寒いからと言って、冬場はずっとマスクをつける人ですから、あの時も可愛らしいラベンダー色のマスクをつけていましたね。なので、私は会うたびにほとんどあなたの目元しか見えなかったのです。しかしあなたの瞳はいつも、キラキラと輝いていました。街のイルミネーションが映ったのか、それとも輝きを放っていたのかはわかりません。しかし、私にはあなたの瞳はビー玉のようにころっとしていて、とても美しかったことを、今でも鮮明に覚えています。その瞳に私は、吸い込まれてしまったのです。

 

 私は、あなたの瞳に吸い込まれたその日から、あなたに尽くそうと決めました。

 

 

 あなたは知っていますか?待ち合わせには、10分前には必ず着くように行きました。あなたが、もし何かあった時にはその都度対処できるように。もしあなたが遅刻しても、今日はあなたとどこに行こうか考えながら少しその辺りを回ってみたりしました。あなたは、自分が引っ張るよりも引っ張られていく方が好きだと知っていますから。あなたは気づいていましたか?歩く時は必ず、あなたの気分によって変わる歩幅を、私はよく合わせたものです。あなたは、嬉しくて楽しい時はすこし跳ねながら小刻みに歩きます。天気が良かったり清々しい気分の時は、風を感じるように大股でゆっくりと歩きます。悩んでる時は、いつもどこかを見つめながら、ゆっくりとしたテンポで1歩1歩、踏みしめるように歩きます。天気予報が雨の日は、あなたの服だけでなくリュックも濡れないように、大きい長傘を持っていきました。私はあなたがそのリュックを話さず大切にしているのも、知っていますから。あなたは、覚えていますか?時には、サプライズもしましたね。あなたが驚き、喜ぶその顔を見る度に私は、また生きる意味を見つけたような気がしていました。その頻度も、多かった気がします。あなたが病気をした時は、よく料理を作っては食べていただきましたね。いつも作りに行く時は、その病気に合わせてどんな食べ物が体に効くのか調べ、その上であなたの好みに合うような料理を作ったものです。なんだか懐かしくないけれど、懐かしい気持ちもしますね。

 

 

 それは、突然でした。最近のことです。一緒にカフェでコーヒーを飲んでいる時に、私はふとあなたの瞳が目に入りました。久々だったような気がします。その時、私は気づきました。あなたの目が、もうあの時のように輝いていないことに。いいえ、寧ろ磨りガラスのように曇ってしまったようにも見えました。光が、見えませんでした。その瞳は、私の知らないものでした。いつからそのようになっていたのか分かりません。ですがきっと、最近のことではないのでしょう。

 

 私は気づいたその時は、あなたのせいだと思いました。私は、ただ、あなただけを思っていましたから。いつだって私は、あなたの顔を思い浮かべていました。あなたがいつも喜ぶようにと、あなたがいつも笑えるようにと、あなたがいつも楽しんでくれるようにと、あなたが、あなたが、あなたが。でもそれは、私が、あなたの事をずっと思っていた訳ではなく、私が、あなたというものに囚われていただけなのかもしれません。ようやく気づきました。ただの、自己満足だったのだと、そう気づきました。

 

 

 気づいた時には、この衝動は止められませんでした。感情や気持ちなどは、説明しがたいものです。理由も言い訳も言えません。しかし体が勝手に動いてしまったのです。仕方が、なかったのです。ただ、それだけなのです。

 

 

 少し、筆が進みすぎてしまいましたね。すみません。私はいつまでも、変わらないのでしょう。

 

 それでは、さようなら。〉

 

 

 

*

 

 

 

 1日と3時間ほど遅れて見つかった遺体とともに見つけられた、汚れやシワのひとつもない真っ白のその手紙は、遺体のそばに、それは、それは丁寧に置かれていたらしい。